訪問介護、10年前の広告が今頃

今日、一本の電話がかかってきた。一般の人から介護の依頼である。
聞いて驚いた。チラシを見たという。


訪問介護が営利法人にも認められている以上営業成績は重要であり、ご利用者の獲得がなんと言っても第一である。創業当時は介護に関しては全く縁のない土地でどこから手をつけて良いか皆目わからなかった。
一般に言われている居宅支援事業所への挨拶、地域包括支援センターへの挨拶他、事業者の連絡会や飲み会に積極的に参加、行政が主催する研修会に欠かさず出席などひととおり実行しても、そうは簡単に依頼は来ない。   

ホームページを作っても上位には出てこない。当時高齢者が目にする媒体は何かと考えたらやはり紙である。

その前に介護事業の広告について、調べると、介護保険法の運営基準第34条において「指定訪問介護事業者は、指定訪問介護事業所について広告をする場合においては、その内容が虚偽又は誇大なものであってはならない。」とある。

抵触しないようかつ、利用者の目にとまるものを数種類パワーポイントで作り印刷会社に発注した。万単位で作成するのでネットで一番安いところを選択。数日でダンボール数箱が届いた。

最初はこれをバイクや自転車でポステイングした。初夏の暑い中、移動するのは気持ち良く、仕事も投函だけだから楽である。肉体労働には違いないが。ポステイングは一番効率悪いと言われているが、興味半分、一応はやってみたいというのが正直なところであった。

しかし、何週間しても全く反応が無い。
事業所の入り口にチラシ入れを備えても全く効果無し。

こうなったら頭の片隅にとっておいた最後の手段を使おう!単純な媒体だが費用がかかるので躊躇していた。新聞への折込である。高齢者はたいてい新聞をとっている。時間的に余裕もあるから折込チラシまで丹念に見ていることが想像される。ただしコストがかかる。新聞店への持ち込みは前日か前々日までか忘れたが、そもそもどうやって折込のか不思議であった。何万部となるから機械を使うのであろうが。

ともかくやるなら用意したチラシの中で一番強烈なものを選んで新聞店に持ち込んだ。「オムツ交換一回250円!介護保険利用」というものだ。曜日も日曜日とした。
ついに崖から飛び降りた感があった。当時事務所では新聞をとっていなかったので、日曜日に図書館へ行き、閲覧用の新聞から抜いた当日の広告が捨てられる前に見せてくれるように頼んだ。係員は無造作に広告の束をバサッとくれた。期待と不安で探してみると、スーパーの安売りチラシ、求人広告、エステ、スポーツジム等のチラシの中に確かにあった、「オムツ交換」!裏面はメモ用紙なら使えるよう、白紙にしておいた。

さて、月曜日以降の反応はどうなるか。ひたすら電話を待つのみ。時々かかってくる電話は、法人登記簿から見たのであろうか、人材派遣会社、税理士、文具やコピー機器等、セールス電話ばかり。応対にも力が入らない。

結局またダメか。一週間、二週間、一ヶ月と時は流れる。その間、時間を見つけてはケアマネ回り。ケアマネは後からわかったことだが、日中はほとんど外出だ。いる時は夕方で疲れ切っているし、朝一番は長電話を何本もしている。「チラシそこへ置いておいて」。

こんなことをしながら二ヶ月くらい過ぎ、事務手伝いのスタッフもそろそろ仕事がなくなるかこの月末からしばし休んで下さい、といい、月末最終日、常勤社員も帰宅した後、18時頃一本の電話が鳴った。先方は、「家の中で転んでしまった。起きられないので助けに来てください」というものであった。それは大変!という思い半分、どうして当事業所へ電話してきたのか興味半分で住所を聞いて残っていたスタッフと2人でお宅を訪問した。

訪問してみると玄関の鍵は空いており中に入ると80歳くらいの女性が床にうづくまっている。独居らしい。同行スタッフは介護福祉士の資格あり、いろいろ質問し、結局、車で整形外科へお連れした。

家を出るとき、ふとリビングの机の上に目を向けると、例の「オムツ交換」のチラシが置いてあった。

診察結果は骨に異常なく安静にということで帰宅した。女性は感謝するとともに、お代は?と訊かれたが、こういうケースのサービスの料金は想定してなく、事業所でも決めていなかった。介護保険は使ったことないという。そこで今日はお支払いは不要です、ところで今後の事も考え介護保険を申請しましょう、と提案した。

ところで、テーブルの上にあるチラシのことを訊いたら、何ヶ月か前に新聞折込の中にから見つけて、自分も1人住まいなので、万一に備えて捨てないでいた、との事であった。この「オムツ交換」をとっておいてくれたとは、嬉しくなり、ケアマネ回りをしていた時は、印象に残った人に話しをつなぎ、介護保険の申請を行ってもらい、認定をうけ、ケアプランを作成してもらい、事業所は当事業所にしてもらった。ご利用者一号がこういう形で現れた。その後も遠方からチラシを見たという人からの依頼があり、これをきっかけにケアマネとの繋がりも増えていき徐々にご利用者も増えていった。
新聞折込のチラシはその時一回限りであった。

その後の展開は省略するが、本題の今日の電話には驚いた。
何と10年前のそのチラシを見て、サービスの依頼が来たのである。
よくも10年間も保管しておいてくれたものだと感謝するとともに、当時の懐かしさが蘇ってきた一日であった。